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藤澤信次郎の浪漫紀行〜革命道中  #09『絶望と音楽』

『あーーー!金持ちになってデッカい家とかタワマンとか住みてぇ!』『あーもうダメだ、、何をやっても無駄だ。』これに近いことをみんな一度くらい思ったことや言ったことあるんじゃないかな。

 

キルケゴールの『死に至る病』っていう本があって、そのキルケゴールさんが言うには人間っていうのは他の動物と違って唯一絶望する生き物らしい。その絶望こそが人しか罹らない『死に至る病』だっていう話の本。ちょっと難しすぎる本だから自分でも読んでみて。おれは難しすぎて『漫画で読破』で読んだ。面白いと思う。決して難しい本を読んでるとか知ってる自慢をしたいわけでなく音楽と絡めて考えたら面白かったのでブログにしてみようかなと。ちな、めっちゃ長くなるからもう絶望した人はここまでで諦めてくれ。

 

絶望には種類があるらしい。

こういうのもう好き。えー!絶望には種類があるの!?!?って。絶望を簡単に定義すると選択を放棄している(する)ことらしい。そもそも絶望(選択の放棄)というのは不安=死からくるもので、肉体的な不安のMAXを死とするなら精神的な不安(死)のMAXは絶望だっていう定義。もうすでに難しいわ!って人に簡単に僕なりの解釈で説明すると絶望っていうのは精神が死んでなんも考えれない状態って感じ。漫画でいうHUNTER×HUNTERのゴンの目が真っ黒な状態。あれどう見ても絶望してるよね。わろた。多分サスケとかもそう。

 

でも、オモロいはさらにこっからで絶望の種類の話。なんも考えられない状態が精神的な死で絶望っていうなら、いわゆる『もぅダメだ!終わりだ!』だけじゃなくて『あーーー!売れてぇ!金持ちになってデッカい家とかタワマンとか住みてぇ!』とか夢みたいなことを言ってるのも絶望してるっていう話。え!これ絶望してんの!?夢を語るのとかってめっちゃ希望みたいな感じじゃん。っておれの頭の中の奏太くんが話しかけてくる。こういう自分と掛け離れたことを思うことは『もぅダメだ終わりだ』くらい選択を放棄している状態だと言えるみたい。

 

めちゃくちゃ分かるかも笑(奏太)。

 

この状態は快楽的に生きてて、自分が絶望してることにすら気がつけない絶望なんだって。オモロいよね。

 

自分とは離れすぎてる欲望を求めても思考は停止するっていうのは確かにお花畑ぱっぱらぱーな絶望的状況だよな(奏太)。

 

こんな感じで絶望には種類というか段階があって、ぱっぱらぱー状態(快楽型)や、どうせ何をやっても無駄だ(逃避型)や、ぽまいらのせいやぞ!(他責型)や自分が絶望してることを自覚しても尚、前に進めない(極限型)みたいなのがあるらしい。

 

割とみんなどれかには当てはまるというか心当たりあるんじゃないかな。ドキっとするよね。こないだ🚗移動の時に車内トークで奏太が滑った時に潤が言った『奏太さんもう終わりっすね』もその後のおれの『全部奏太が悪い』も奏太の『コロ...シテ...』も、ふじぴーが車から降りると同時に言った『でかい家住みてぇ』も全部絶望してたんだな。TOYちゃんはLet's GO しか言わないからあんまり何も考えたくない(逃避型)。

 

つまり、絶望は悪いことだけど当たり前のように誰しもがしている。

 

こんなん絶望しない方が無理じゃん、どうすりゃいいのさ(奏太)。

 

キルケゴールは言います。絶望からの救いは結局宗教的なものだ。どうやら宗教的なものらしい。神様を信じる心は選択の放棄にはならないし絶望からも救ってくれるんだって。時代背景とか深い理由はあったんだけど説明はめちゃくちゃムズかったし長くなりそうだから割愛。

 

音楽をやっていると夢を見る。ある人にとっては売れてぇとか人気者になりたいとか。夢をみると絶望しやすくなる。でも、僕はそっちよりも音楽の宗教的な面に夢を見る。人と人を出会わしてくれたり、誰かの気持ちに寄り添えたり。大袈裟じゃなく普通に救われた経験もある。音楽をプレーする側だしおれは神になりたい!とかいう話ではなくて、ロマンチックでありたいというか。つまり、僕にとって音楽は宗教的で絶望から救われる生き方そのものであり信じたいものだなってこと。宗教や信仰についてはあんまり知らないから想像の範疇だけど。この辺はヤマちゃんが詳しいしアホみたいに酔ったら話してくれるからまた聞いとく。

 

『神は死んだ!』でお馴染みのニーチェさん。彼はキルケゴールの反論というか次世代的な論を展開する。科学や色々な学問が発展して神様が絶対にいるとされていた時代が終わった。ニーチェははっきり『神は死んだ』と言ったらしい。めっちゃ話逸れるけど『音楽は魔法だ』論争あったよね。音楽って科学とかが発展した今でも魔法のように思えてる論争があるってすごくね?

 

ま、ニーチェのことまで話してたらどんだけ長えんだよってなるので、簡単に繋がりだけいうと、ニーチェは絶望から救うのは強い自分だと言った。昔はたしかに神様かもしれなかったけど神様の死んだ今は自分だ!って言い出した。強くあれ!自分よ!人間よ!って。これは最強のニヒリズムから来てて、哲学っぽくてオモロいとこなんで説明します。

 

ニヒリズムっていうのは虚無主義、つまり絶望してるって感じ。ニーチェの考えは、もうめちゃくちゃ絶望したと。キルケゴールさんよ!言うてましたやん最後は神が救ってくれるって。その神様死んでません?もう絶望も絶望。おわりのおわりっすわ。って。ただ、ニーチェはそこから単純にほんまにただただ立ち上がったらしい。絶望しててもあかんって。時代的には本当に神様も死んだし終わりや皆んな死のうみたいな空気があったらしい。でも、それにすらニヒリズムというか、否定が働いたらしく、ニヒリズムの究極はニヒリズムのニヒリズム(否定)みたいな正に哲学っぽいことが起こった。ナルトだよね。あんなに絶望したのに火影になるっつってさ、馬鹿にされても曲げずに信念貫いて。まさに絶望の克服だよ。

 

ナルト最高!!(奏太)。

 

ニーチェはこうやってめちゃくちゃ強い自分を持つことを超人っていった。今月のバースデーメールを読んだ人には超人の説明したね。また超人も気になる人は聞いて。てか、それでいいじゃん。ブログとか全部また聞いてでいいのにーーーーーーーーーーーーー

 

おれは思った。音楽はまだ死んでないんじゃない?つまりさ、今音楽信じて強い自分持って生きていたらめちゃええんちゃうかって。最強じゃない?って。こんなキモニュースばっかりの暗い世の中を変えれんじゃね?それこそ浪漫チックで浪漫革命なんじゃねーの?って。浪漫のメンバーはみんな超人みたいなところあるし。

 

2月は浪漫革命の始まりの月でもあって、1つは1年後の2月に大事なことがあること。このブログを最後まで読んだ人は、この1年のおれたちの動きに音楽とか浪漫とか絶望とか伝えたいものをキャッチしてくれそう。そしてもう1つは超人奏太くんのお誕生日。超おめでとう。

 

ありがとう!今年こそ音楽もっと信じていこや!いや、いこってばよ!(奏太)。

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  • れーら 2024.02.11 10:07

    2/19予定調整してるうちにチケットソールドになっちゃって絶望してたんですが、浪漫のライブが即完なのは今後の活動ふくめ希望だよなと思い直しました🥺来年2月のことも緊張と期待をこめて発表待ってます。
    マイナスでもプラスでも、エネルギーに変えられるという意味では絶望も完全悪ではないのかもですねなんてことを考えてました👀

  • りかりー 2024.02.07 14:37

    見たとき時間なくて長そうだったんでとりあえず1番最後らへんだけ読んでたんですけど、いま全部読み終わりました。めっちゃ面白い。ちょいちょい現れる奏太くんも面白すぎる。今回は特に好きなブログでした。浪漫チックな浪漫革命の音楽は最強です!!!来年の2月なにがあるかわからない怖さもありますが、楽しみにしてます!!!

  • ( ◠‿◠ ) 2024.02.06 23:39

    1年後の2月に何が待ってるのか楽しみにしながら、浪漫革命と一緒に歳を重ねていけるのが嬉しいです。奏太さん超おめでとう。